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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)77号 判決 1960年8月09日

原告 バグワンジ・エンド・カンパニー

被告 カーテイス・アイラ・ラーナー 外二名

主文

被告カーテイス・アイラ・ラーナーは原告に対し、英貨四、二五六磅四志二片およびこれに対する昭和三一年一月二八日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払うこと。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを一〇分し、その一を原告の負担とし、その余を被告カーテイス・アイラ・ラーナーの負担とする。

事実

第一、申立

(原告の申立)

一、第一次請求として、

被告らは原告に対し、連帯して英貨八、二二五磅六志八片およびこれに対する昭和三一年一月二八日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払うこと。

訴訟費用は、被告らの連帯負担とする。

との判決を求める。

二、右請求が認容されないときは、第二次請求として、

被告らは原告に対し、連帯して英貨七、四七〇磅一六志三片およびこれに対する昭和三一年一月二八日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払うこと。

訴訟費用は、被告らの連帯負担とする。

との判決を求める。

三、もし、被告らの連帯責任が認められないときは、予備的に被告カーテイス・アイラ・ラーナーに対して、右と同様の順位に従い同内容の金員の支払を求める。

(被告らの申立)

一、本案前の申立

原告の訴を却下する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

との判決を求める。

二、本案の申立

原告の各請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

との判決を求める。

第二、主張

(原告の主張)

一、原告の当事者能力

原告バグワンジ・エンド・カンパニーは、ケニヤ英領植民地(以下、ケニヤと略称する。)に施行されている一九三四年七月一日付パートナーシツプ法を宣言する律令(以下、パートナーシツプ令と云う。)にもとづいて設立され、かつケニヤの事業名登記令に従い「商会」として登記されているパートナーシツプであつて、ケニヤにおいて訴訟上の当事者能力を有するのみならず、わが国においても民事訴訟法第四六条にいわゆる「法人に非ざる社団にして、代表者の定あるもの」に該当するので、当事者能力を有するものである。以下この点について詳述する。

(一)、原告は、一九二九年一月一六日「商会」として登記された当時三名の構成員(パートナー)を有していたが、その後一名が死亡したので、現在はソムチヤンド・メグジおよびレイチヤンド・メグジの両兄弟を構成員とし、商業一般を目的とするもので、本店はケニヤのナイロビ市バザー通二〇九-二六一七号地に、支店は同じくモンバサ市プリンセス・マリー・ルイズ通第二四区七号地に所在する。

(二)、原告は、ケニヤにおいて訴訟上の当事者能力を有するものである。すなわち、

(イ)、パートナーシツプ令第二七条第一項には、「判決の執行は商会を相手方とする判決の場合を除き、パートナーシツプ財産に対しては行われないものとする。」と定められている。この規定は、同令が商会すなわちパートナーシツプの訴訟当事者能力を認めていることを前提とするものである。

(ロ)、ケニヤの民事訴訟規則(甲第四号証はその一部である。)オーダー二九「商会および自己の氏名以外の名称で事業を営む者の提起する、またはこれに対して提起される訴訟」の部のルール第一によれば、ケニヤにおいては、商会すなわちパートナーシツプは商会の名において訴え、または訴えられることができる旨定められている。

(ハ)、ケニヤの母法国たる英国においても、英国最高法院規則オーダー四八A(甲第三号証)により、商会すなわちパートナーシツプがその名において訴え、または訴えられることができる旨定めている。

(三)、原告は、わが民事訴訟法上も当事者能力を有するものである。以下、その根拠について詳述する。

(イ)、原告は、民事訴訟法第四六条にいわゆる「社団」である。すなわち、パートナーシツプ令によると、パートナーシツプは、(1) 組織的団体であり(同令第三、第六条等)、(2) 各パートナーとは別個の事業目的を有し(第三、第七、第八、第二八条等)、(3) 各パートナーとは独立した法律行為をなし得るものであり(第七、第八条等)、(4) 「パートナーシツプ財産」として各パートナーから独立した財産を保有し、かつ使用し得るものであり(第二四ないし第二八条等)、(5) パートナーと独立して債務および責任を負うものであり、(第一一ないし第一三、第一五、第一六条等)、(6) パートナーとは別の帳簿を有し得るものである(第二八条(九))。原告は、右のような法的性格を有するパートナーシツプであり、しかも、前記の如くケニヤの事業名登記令に従い、構成員各自の事業とは別個の事業主体として登記されているものであるから、わが民事訴訟法第四六条にいわゆる「法人格なき社団」と認められるべきものである。なお、右パートナーシツプ令はわが民法上の組合に類似した若干の規定を含んでいるが、このことは組合またはこれと類似のものについて民事訴訟法第四六条による当事者能力を認めた多数判例の示すとおり、右の結論を妨げるものではない。

(ロ)、原告は、民事訴訟法第四六条にいわゆる「代表者の定ある社団」である。すなわち、パートナーシツプ令第七条には「すべてのパートナーは、パートナーシツプの事業の目的のために、商会および他のパートナーの代理人であり、パートナーが商会の営む事業のために通常なすべき一切の行為は、商会および他のパートナーを拘束する。」との規定があり、右規定によつてパートナーシツプの各構成員はパートナーシツプの法定代表者たる地位を保有するものであるから、各パートナー間の代表者に関するとりきめの有無に拘らず、代表者の定あるものと解すべきである。かりに、民事訴訟法第四六条の解釈上代表者に関する特別のとりきめを要するとしても、原告の場合には各パートナー間に、いずれのパートナーも各別に商会を代表し得る旨を定めた口頭によるとりきめが存在するのであるから、原告は「代表者の定ある社団」であること明らかである。

二、請求の原因

(一)、まず、被告らの連帯責任を明らかにする。

被告らは、東京都千代田区丸ノ内一丁目二番地ホテル・トウキヨウ・ビルデイング第三三九号室において、シー・アイ・ラーナー・エンド・カンパニーなる商号のもとに、継続的に輸出入貿易その他の商業取引を行つているものであるが右のシー・アイ・ラーナー・エンド・カンパニーについては外国会社として、わが商法第四七九条所定の登記がなされていない。したがつて、被告らは商法第四八一条によつて右シー・アイ・ラーナー・エンド・カンパニーの日本における継続的な取引の一環としてなされた後記の本件取引についても連帯してその責に任ずべきものである。

被告らは、前記シー・アイ・ラーナー・エンド・カンパニーなる商号は被告のカーテイス・アイラ・ラーナーが彼個人の事業を行うために用いた呼称にすぎないと主張するがこの点は否認する。仮りにもしそうだとすれば、「シー・アイ・ラーナー」で足る筈であり、また、そうでなければならない筈であるのに、ことさらに「エンド・カンパニー」の語が附加されているのは被告ラーナーが他の第三者と結合して営業主体となつていることを示すものであるから、今に至つて、表示に反して、シー・アイ・ラーナー・エンド・カンパニーが被告ラーナー個人の営業であると主張することは許されない。もともと、「カンパニー」なる語は社団又は会社を意味するのであるから、「シー・アイ・ラーナー・エンド・カンパニー」なる呼称は、わが商法上、外国会社の商号たること明らかであつて、外国会社の商号を用いて取引した者はその取引につき善意の相手方に対しては外国会社のなした取引としてその責に任ずべきものである。

被告らは、わが商法上いわゆる外国会社たるためには外国のいずれかの地で会社として登録されていることを要件とするが、シー・アイ・ラーナー・エンド・カンパニーはいずれの地でも登録されていないから外国会社の範疇に入らないというかも知れないが、そもそも商法第四八一条はわが国における取引の安全を保護することを主眼とした規定であるから果して外国のいずれの地で登録されているかいないかというような一般人にとつて調査不可能な事項が同条の適用の要件となつているとは考えられない。したがつて、シー・アイ・ラーナー・エンド・カンパニーについてその登録がないからといつて、その登録がある場合に此して被告らの地位が有利になるような法律解釈は成りたたないと考える。

因みに、被告カーテイス・アイラ・ラーナーは右シー・アイ・ラーナー・エンド・カンパニーに自己の氏名を商号として使用することを許諾している点において、被告モーリス・フエルドマンはその支配人として公知されている点において被告デビツト・ストリアーはその代表者として本件売買契約書に署名している点において、いずれも商法第四八一条の規定によつてシー・アイ・ラーナー・エンド・カンパニーのなした本件取引につき連帯責任を負うべきものである。

(二)、本件売買契約の成立

(1) 、原告の支配人アール・エス・キマシアは、昭和二九年一〇月一日東京においてシー・アイ・ラーナー・エンド・カンパニーの代表者である被告ストリアーとの間に、原告が左記商品を右カンパニーから買い受けるべく、次の如き売買契約を締結した。

(イ)、品目、単価、数量、価格

表<省略>

(ロ)、船積期間 昭和二九年一一月から毎月一〇〇英屯を積み出し、同三〇年二月二八日までに完了すること(後に同年五月三一日までに延長された)。

(2) 、原告は、昭和二九年一〇月八日シー・アイ・ラーナー・カンパニーから、前記船積のための船腹手配済なる電信を受けたので、代金支払のため、同月一二日付でバークレー銀行の取消不能信用状を開設した。なお、右信用状の有効期間は、当初、昭和三〇年二月二八日までとしてあつたが後に同年五月三一日までと改定され、それに伴つて船積期間もまた同日までに延長された。

(三)、シー・アイ・ラーナー・カンパニーの債務不履行

しかるに、シー・アイ・ラーナー・カンパニーは、昭和三〇年二月一二日までに合計丸鋼六〇英屯を船積したに止まり残余の商品三四〇英屯は前記約定期間を経過するも、遂に船積されなかつた。

(四)、原告の契約解除

そこで、原告はシー・アイ・ラーナー・カンパニーに対し再三、右残余商品の船積を催告したが、これに応じなかつたので、地昭三一年六月六日到達の書面をもつて、本件売買契約中、未履行の部分につき契約を解除する旨意思表示をした。

(五)、原告の損害

原告は、前記の債務不履行によつて次のような損害を蒙つた。

(A) 英貨八、二二五磅六志八片(第一次請求の損害賠償請求額である)

右の内訳は、

(イ)、積出を受けなかつた鋼材の値上りによる損害五、二五九磅一九志二片

この損害は、契約解除の発効日である昭和三一年六月六日におけるシー・アイ・エフ・モンバサ値段と契約単価との差額によるものであつて、モンバサ値段はモンバサ市インド商業会議所の調査による右同月中の平均価格であつて、その詳細は次表のとおり。

表<省略>

(ロ) 予想利益の喪失による損害一、七四五磅一志六片

積出を受けなかつた鋼材の契約価格合計一二、一九〇磅一五志一〇片に、値上り差額五、二五九磅一九志二片(前記(イ)の損害額)を加えた一七、四五〇磅一五志の一割に相当するものであつて、契約が履行されたとすれば、原告が当然に得べかりし利益である。

(ハ) 旅費等一、二二〇磅六志

原告は、シー・アイ・ラーナー・カンパニーの本件契約不履行に対して書簡および電信で交渉したが奏功しなかつたので、已むを得ずケニヤから原告の使用人であるラムニクラル・エス・キマシアを昭和三〇年二月二七日から同年四月一日まで、また同じくムルチヤンド・エス・キマシアを同年一一月一〇日から同月二六日まで、それぞれ東京に派遣して直接交渉に当らせたため、航空旅費一人三六五磅三志、滞在費一人一日当り一〇磅、合計一、二二〇磅六志の支出を余儀なくされた。この支出も本件債務不履行により原告の蒙つた損害である。

(B) もし、右(A)の損害が認められないときは、第二次請求として英貨七、四七〇磅一六志三片の賠償を求める。その内訳は次のとおり。

(イ) 積出を受けなかつた鋼材の値上りによる損害四、二五六磅四志二片

この損害は、前記(A)の(イ)の解除時単価に代え、昭和三〇年五月三一日(前記の延長された信用状の期間満了日であり、同時に延長された船積期間満了の日である。)のナイロビ市における価格を基準として算定した損害である。この基準によると、単価の値上り差額は、丸鋼一三磅、平鋼九磅一二志八片、等辺山形鋼一四磅八志九片となるので、その合計は四、二五六磅四志二片となる。

(ロ) 予想利益の喪失による損害一、六四四磅一四志

前記(A)の(ロ)記載の値上り差額の代りに、四、二五六磅四志二片(前記(B)(イ)の損害額)を基準として、その一割の得べかりし利益を算出したものである。

(ハ) 旅費等一、二二〇磅六志

前記(A)の(ハ)と同様。

(六)、被告ラーナーに対する予備的請求

原告は被告ら三名に対して連帯して第一次的には前記(A)の損害とこれに対する被告らへの最終の訴状送達の翌日たる昭和三一年一月二八日から支払済みまで年六分の割合による損害金の支払を求め、第二次的には前記(B)の損害とこれに対する右の損害金の支払を求めるものであるが、もし、被告らに連帯責任がなく、本件取引が被告ら主張のように原告と被告ラーナー個人の取引であるとすれば、被告ラーナーに対して右の順位において右と同一の損害の賠償を求める。

(被告らの主張)

一、本案前の答弁

原告の当事者能力に関する主張は争う。かりに、原告がその主張のようなパートナーシツプであり、ケニヤにおいて当事者能力を有するとしても、わが民事訴訟法第四六条による人格なき社団として当事者能力を認め得べきものではない。すなわち、同条により当事者能力を認め得る社団は、当該社団がその構成員の総意にもとづいて代表者を定めており、かつ、その構成員の個人財産とは別個独立に社団として相当な財産を有し、相当期間にわたつて継続的に活動し得る社団たることが客観的に認められるものでなければならない。しかるに、原告の構成員(パートナー)は兄弟たるメグジ両名だけであり、原告に固有の財産があることについては何等の主張立証がなく、しかも、代表者についてのとりきめがないのであるから、原告はわが民事訴訟法上いわゆる人格なき社団として当事者能力を有するものということはできない。したがつて、本訴は不適法なるものとして却下せらるべきものである。

二、請求の原因に対する答弁

(一) 被告らに連帯責任はない。

シー・アイ・ラーナー・カンパニーがわが国の法令に従つて登記されていないことは認めるが、シー・アイ・ラーナー・カンパニーは、被告ラーナーが個人として営んでいた輸出入貿易その他の業務上使用していた呼称であつて、シー・アイ・ラーナー・カンパニーなる社団又は会社があるわけではない。そして、被告フエルドマンおよび同ストリアは、被告ラーナーの右営業のために使用人として雇われていた者にすぎない。なお、被告ストリアーが原告主張の本件売買契約書に署名したことは認めるが、右は被告ラーナーの使用人としてなしたにすぎないのである。

右のとおり、シー・アイ・ラーナー・カンパニーなる外国会社は存在しないのであるから、商法第四八一条により被告らに連帯責任ありとする原告の主張は失当である。

(二) 被告フエルドマンおよび同ストリアーは、前項記載のとおり被告ラーナーの使用人にすぎないのであるから、本件取引につき何等の責に任ずべき理由はない。したがつて、原告主張の請求原因第二項以下の事実はすべて否認する。

(三) 被告ラーナーの答弁は以下のとおり。

(認否)

(1)  請求原因第二項(1) の(イ)の事実は認める。但し、被告はバグワンジ・エンド・カンパニーことアール・エス・キマシアとの間に同項(イ)記載の売買契約を結んだものである。

同項(ロ)の事実は船積期間が昭和二九年一一月から翌三〇年二月二八日までであつたことは認めるが、毎月一〇〇英屯づつ船積みして右期間内に船積を完了する約定であつたことは否認する。

(2)  同じく(2) の事実は、船積期間延長の点を除き、いずれも認める。

(3)  同第三、第四項の各事実はいずれも認める。

(4)  同第五項の事実中、本訴の損害額をナイロビ市の建値を基準として算定することについては異議がないが、その余の事実はいずれも否認する。

(主張)

(1)  本件売買契約は昭和三〇年二月二八日限り失効し、被告に債務不履行の責任はない。

本件契約当時は仕向港たるモンバサ行船腹がきわめて窮屈だつたので、船舶事情に鑑み、契約の際に、船積期間を昭和三〇年二月二八日までと定めると同時に、目的物の船積は利用できる船腹の獲得如何にかかる旨を特約し、その旨を特に契約書に明記してあるのであるから、本件契約は船腹の入手が可能なることを条件とするものであつて、船積期間の終期として定められた昭和三〇年二月二八日までに船腹が獲得できない場合には、右期間の経過をもつて本件契約は当然失効するものと解すべきものである。

ところで、右約定期間内に利用できる船腹は全く払底していたため、被告の懸命の努力にも拘らず、結局、原告主張の数量しか船積できなかつたのであるから、本件契約中、残余商品に関する部分は昭和三〇年二月二八日の経過をもつて失効したものであつて、しかも、右残余商品を約定期間内に船積できなかつたことは、前記のとおり全く船腹事情によるものであつて、被告の責に帰すべからざる事由にもとづくものであるから、被告には債務不履行の責任はない。

なお、原告は、信用状の有効期間を昭和三〇年二月二八日から同年五月三一日まで延長したことに伴い、本件契約の履行期もまた同日まで延長された旨主張するが、被告が右信用状の延長を受諾した事実はなく、したがつて、履行期の延長を認めたこともない。因みに、被告は、右信用状の期間延長の通知を本件契約終了後である同年三月一日かあるいは同月二、三日頃受けたものであつて、かかる場合に、売主たる被告に受諾の義務ありとし、または受諾なきも信用状の一方的な期間延長に伴い履行期が当然に延長さるべきものとする事実たる商慣習は存在しない。したがつて、履行期が昭和三〇年五月三一日まで延長されたという原告の主張は失当である。

(2)  原告の損害額に関する主張も失当である。

本件売買契約の目的物は鉄鋼である。鉄鋼は価格の変動が甚しい物件である。しかも、原告主張の契約解除時で原告が損害額算定の基準時とする昭和三一年六月頃のケニヤは騒然たる情勢下にあつたのであるから、原告主張のように一ケ月の平均価格を基礎として損害額を算定することは許されない。原告としては、須らく本件残余商品をすでに他へ転売していた事実およびその価格、これを被告から入手できなかつたため他から買い入れた事実およびそれに要した費用、右転売を現実に履行した事実等を具体的に主張立証した上で現に生じた損害の賠償を求むべきものである。なお、原告が昭和三五年六月二日付「訴状訂正の申立」によつてなした請求の拡張(昭和三〇年五月三一日を基準とする前記(B)の損害賠償請求を解除時の昭和三一年六月六日を基準とする前記(A)の損害賠償請求に改めたもの)はこれを許すべきものではない。何故ならば、原告はこの点につき準備手続裁判官から数次の釈明を受けたにも拘らずこれに応じなかつたものであるから口頭弁論終結間ぎわになつて請求を拡張したことは、明らかに故意または重大な過失にもとづき、時機に遅れてなされたものといわねばならないからである。

(四) 被告ラーナーの主張に対する原告の反論

シー・アイ・ラーナー・カンパニーには債務不履行の責任がある。

本件売買契約当時モンバサ港向船腹がきわめて窮屈で、船腹の獲得が非常に困難であつたことは認めるが、全く払底していたものではない。すなわち、原告は現に訴外東京貿易株式会社一社からでさえ、本件契約の船積期間と同時期である昭和三〇年一月八日頃から同年五月二日頃までの間に十数回にわたつて鉄材合計三五六・三一四英屯の積出を受けている。もつとも、このうち二三八・三三五英屯はタンガ港向で積み出されているが、後述のとおり、原告はシー・アイ・ラーナー・カンパニーに対してもその希望を容れて、タンガ港向にても積み出し得るように取りはからつたのであるから、タンガ港向として残余商品を船積することは可能であつた筈である。この点は左記の事実からも十分論証できる。

すなわち、(イ)モンバサ港における積入貨物の統制(この統制のために船腹事情が窮屈になつていたのである)は、本件契約が締結される余程以前から行われていたので、被告はこの事情を熟知していたものであるが、前述の如く、昭和二九年一〇月八日被告は原告に対し、「モンバサ行貨物船腹手配済、最早可能積出時期一一月、信用状至急入用。」との電信を寄せていること、(ロ)当時、タンガ港には積荷に関する何らの統制もなかつたので、原告はシー・アイ・ラーナー・カンパニーの希望を容れ、昭和三〇年一月初旬仕向地をモンバサ港の外タンガ港とするも可なるよう信用状を修正し、船積を容易にする措置をとつたのに、シー・アイ・ラーナー・カンパニーは昭和三〇年一月二〇日原告に対し、「製造所は、価格を引き上げなければ二月分出荷を承諾しない。新価格は丸鋼一英屯当り四一磅九志である。平鋼、山形鋼は入手不能。承諾乞う。」との電信を寄せたこと。もし船腹の入手が不可能な状態にあつたとしたら、何故こうした電報を寄せたのか。

これらの事実から推測すると、シー・アイ・ラーナー・カンパニーは本件船積期間内に船積ができたにも拘らず、鉄鋼の価格が値上りし、原告において値上の要求に応じなかつたため、これを履行しなかつたものとみる外はないから、被告らは債務不履行の責を負わなければならない。

また、被告は、本件契約は、船積期間の経過をもつて失効すべきものであるというが、これは契約の趣旨を歪めた解釈である。被告主張の条項(甲第一号証の一般売渡条件第三項)は、「約定期間内における船積量は、被告において獲得できる船腹量に応じ、その都度定めてもよい。」と云う趣旨のものであつて、それ以上の意味を有するものではなく、本件契約は被告のいうように船腹の入手可能を条件とする契約ではないのである。

(五) 原告の反論に対する被告ラーナーの答弁

仕向地にタンガ港が追加され、仕向地をモンバサ港の外タンガ港としてもよいように信用状が修正されたこと、原告主張のような電報を発したことは認めるが、船積可能な状態であつたことは否認する。

第三証拠関係

(原告)

一、立証

甲第一号証、第二号証の一ないし五、第三ないし第一二号証、第一三号証の一、二、第一四ないし第一六号証、第一七号証の一ないし七、第一八、第一九号証、第二〇号証の一ないし一一、第二一ないし第二七号証、第二八号証の一、二(ムルチヤンド・エス・キマシアおよびラムニクラル・エス・キマシアの各旅券の部分写真)、第二九号証を提出。

証人中村豊の証言を援用。

二、乙号証に対する認否

乙第一号証、第三ないし第五号証、第七ないし第一〇号証、第一三号証の成立を認め、その余の乙号各証の成立は不知。

(被告ら)

一、立証

乙第一ないし第一〇号証、第一一、第一二号証の各一、二、第一三号証を提出し、甲第二六、第二七号証を利益に援用。

証人エイ・テイ・インマンの証言ならびに被告モーリス・フエルドマンおよび同デビツド・ストリアーの各本人尋問の結果を援用。

二、甲号証に対する認否

甲第一、第六、第七、第九、第一〇号証、第一三号証の一、二、第一四、第二二、第二三、第二六、第二七号証の成立は認める、第二号証の一および第五号証の日本国領事の各認証部分の成立はいずれも認めるが、その余の部分の成立は不知第二八号証の一、二が原告主張の写真であるか否かは不知、その余の甲号各証の成立はいずれも不知。

理由

(原告の当事者能力について)

真正に成立したものと認められる甲第二号証の一ないし五、第三、第四号証および成立に争のない同第二二号証によると、原告は、ケニヤに施行されているパートナーシツプ令(一九三四年七月一日付パートナーシツプ法を宣言する律令)にもとづいて設立され、かつケニヤの事業名登記令に則り、「フアーム」(「商会」)として登記されている「パートナーシツプ」であつて、ソムチヤンド・メグジおよびレイチヤンド・メグジの両名を構成員とし、ナイロビ市インデイアン・バサー通に本店を有しているものであることが認められ、右「パートナーシツプ」はケニヤの法令上法人格を認められているものではないが、訴訟上の当事者能力を与えられているものであることが明らかであつて、他に右認定を左右するに足る資料はない。

わが民事訴訟法の解釈として、当事者能力は一般権利能力者に与えられ、かかる権利能力のない者は社団又は財団にして代表者又は管理人の定あるものに限つて当事者能力を有するものとされている。したがつて、内国人に対してのみならず外国人に対してもこの解釈を貫くときは、原告は法人格を有しないのであるから、わが国法上代表者の定ある社団に該当する場合に限つて当事者能力を認められることになり、原告がかかる社団に該当するかどうかが問題解決のポイントになつてくる。しかし、当裁判所は原告のようないわゆる人格のない「パートナーシツプ」の当事者能力を定める場合にも一律に右のような解釈に従うことは妥当でないと考える。その理由は次のとおり。

民事訴訟法第四五条は、当事者能力および訴訟能力は本法に別段の定めある場合を除く外民法その他の法令に従うと定めている。したがつて、外国人が当事者である場合にはその当事者能力および訴訟能力は、「その他の法令」であるところの法例によつて、いいかえれば、わが国の国際私法的規定によつて定められることになる。ところで、訴訟能力の点については暫らく措き、当事者能力の点については明文の規定がないので、事柄の性質に従つてこれを定める外はない。思うに、当事者能力は当事者として訴え、又は訴えられる資格ないしは権能なのであるから広義における特別権利能力の一種に属するものといえるが、普通の特別権利能力のように特定の権利義務の主体となり得る資格ないしは地位といつたような限定的なものではなく、広く一般の訴について当事者となり得る資格をいうのであるから、当事者能力の有無は能力の一般的準拠法である属人法によつてこれを定めるのが相当であると思われる。訴訟に関する事項は法廷地法によるというのが原則であるが、この原則は裁判が国権の作用である点と訴訟手続の実際上の必要に由来するものであるから、属人法によつて当事者能力を定めても、爾後の手続を挙げて法廷地法に準拠せしめる限り十分その目的を達し得るものと思われる。のみならず、国際通商の実際上の必要からいつても、属人法によつて当事者能力を認められている外国会社について、さらにそれがわが国法上代表者の定ある人格なき社団に該当するかどうかを再吟味し、この要件をみかす場合に限つてはじめて当事者能力を認めるというような態度は徒らに事態を複雑にするだけで少しも益するところがないように思われる。現に外国法によつて人格なき「パートナーシツプ」として有効に成立しているものについてはわが国においてもこれを尊重し、それが外国法上当事者能力を与えられている場合には、わが国法上さらにそれが代表者の定ある人格なき社団に該当するかどうかを論ずることなく、一律にこれに当事者能力を認めるのが相当であると思われる。

右の見地からすれば、原告は、前記のとおり、その設立準拠法であり、かつ住所地法でもあるケニヤの法令によつて当事者能力を与えられているのであるから、わが国においても、爾余の判断をするまでもなく、当事者能力を有するものといわなければならない。したがつて、この点に関する被告らの主張は立論の根拠を異にするものであつて、採容できない。

なお附言するに、当事者能力は属人法によるということは決して例外を許さない原則なのではない。いわゆる人格なき「パートナーシツプ」のうちには、属人法によれば当事者能力は認められていないが、その実体が代表者の定ある人格なき社団に該当し、わが民事訴訟法第四六条によつて当事者能力を認め得るものがあるだろう。こうしたものについてはわが国においてその当事者能力を否定すべき理由はないと思われる。蓋し、民事訴訟法第四六条は合目的的見地から訴訟当事者の便宜を考慮して設けられた規定であるから十分にその趣旨を尊重すべきであるし、わが国法は原則として内外人平等主義の立場をとつているのであるから、同条の要件に該当する外国社団についてその当事者能力を否定すべき実質上の理由がないからである。念のため一言附記しておく。

(被告らの連帯責任の有無について)

原告は、シー・アイ・ラーナー・エンド・カンパニーなる商号の外国会社が現実に存在していて、原告が右会社と本件契約を結んだことを前提として、商法第四八一条にもとづく被告らの連帯責任を問うに対し、被告らは右会社の存在を否認するので、まずこの点について判断するに、シー・アイ・ラーナー・エンド・カンパニーなる会社が現に存在していたことについてはこれを認めるに足る資料がなにもない。被告デービツド・ストリアー、同モーリス・フエルドマンは、それぞれ、その本人尋問の際、右商号の会社が存在していた事実はなく、「シー・アイ・ラーナー・カンパニー」は被告カーテイス・アイラ・ラーナーが個人として営んでいた輸出入貿易その他の業務上使用していた呼称であつて、被告ストリアーおよび同フエルドマンはいずれも被告ラーナーにより右営業のための使用人として雇用されていた者であつて、被告ストリアーは同ラーナーの使用人として本件売買契約書に署名したものであると供述している。これらの供述がそのまま措信できるものであるかどうかの点は暫らく別にしても、シー・アイ・ラーナー・エンド・カンパニーがいずれの地の法令に準拠して設立された会社なのか、その本店所在地はいずれの地にあるのか、また、いずれの地において登記登録されているのか等の点が明らかにならない限り、当裁判所としてはその存在を肯認するわけにはゆかない。したがつて、本件取引について被告らが連帯責任を負うべきであるとの原告の主張は、その前提を欠くことになるから、爾余の点について判断するまでもなく理由がない。よつて、原告の被告らに対する第一次および第二次請求はいずれも失当としてこれを棄却する外はない。

原告は、右の点に関し、被告らがシー・アイ・ラーナー・エンド・カンパニーなる外国会社の商号を使用して取引した以上、今になつてそれが被告ラーナーの個人営業であると主張することは許されないし、商法第四八一条はわが国における取引の安全を保護することを主眼とする規定であるから当該会社がいずれの地において登記登録されているかというような一般人にとつて調査不能の事項によつてその適用を左右することは不当であるという。原告のこの云い分には必らずしも一理なしとしないが、原告が強調し現に本件で問題になつているような危険は独り外国会社との取引についてのみならず実は内国会社との取引においても常につきまとう危険であつて、相当の注意を怠らない商人なら、まず相手方会社の存在を確認する手続をとり、然る後にはじめてとれと取引するのが正にとるべき当然の措置なのであるから、この注意を怠つて漫然と取引しながら、後になつて被告らの表示違反や調査不能を云々する原告の主張はとうてい採容できない。もとより表示違反によつて別個の責任の生ずる場合のあり得ることは別論である。

(原告と被告ラーナーの売買契約について)

原告主張の如き品目、単価、数量、価格の信用状取引によるシー・アイ・エフ約款のモンバサ向鋼材の売買契約が、その主張の日に被告ラーナーを売主として成立したことは被告の認めるところである。被告は右契約における相手方は原告ではなく、バグワンジ・エンド・カンパニーことアール・エス・キマシアであるという。しかしながら、成立に争のない甲第一号証および真正に成立したものと認められる同第二号証の一、第一五号証ならびに被告ストリアー本人尋問結果と乙第一号証を綜合すると、アール・エス・キマシアは原告の支配人として、原告のために被告経営のシー・アイ・ラーナー・カンパニーと右売買契約を締結したものであることが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。したがつて、この点に関する被告の主張は採容できない。

つぎに、本件売買契約における当初の船積期間が昭和二九年一一月から翌三〇年二月二八日までであつたことは当事者間に争がないが、原告は毎月一〇〇英頓づつ船積して右期間内に契約量の四〇〇英頓全部の積出を完了する約定であつたといい、被告は、当時モンバサ向船腹がきわめて窮屈だつたので、本契約は船腹の入手が可能なることを条件とするものであつて、昭和三〇年二月二八日までに船腹が獲得できなかつた場合には右期間の経過によつて失効すべきものであるという。よつてこの点をみるに、当時モンバサ向船腹がきわめて窮屈であつたことは当事者間に争のないところであるが、成立に争のない甲第一号証(本件売買契約書)によると、船積は毎月分割船積とし、所定期間内の船積は入手可能な船腹による(Shipment within the time stipulated shall be subject to freight being available.)とあつて、毎月の船積量は入手可能な船腹によつて定め、あらかじめこれを特定しないが、所定期間内には全部の船積を完了すべき趣旨であること明らかであつて、原告主張のように毎月の船積量を一〇〇英頓とする旨の定めもないし、被告のいうような失効約款の定めもないことが明らかである。もつとも、成立に争のない甲第九号証および真正に成立したものと認められる甲第一五、第一六号証にはそれぞれ原告の右の主張に副う記載があり、また、同じく真正に成立したものと認められる乙第二号証(株式会社上野半兵衛商店を売主とし、シー・アイ・ラーナー・カンパニーを買主とする鉄鋼売買契約書)には本注文は船腹の入手可能なることを条件とする旨の条項があつて、あたかも被告の前記主張を裏付けるかの如き感がないでもないが、これらの資料はいずれも契約書に定められた前記売買条項をうごかすべき資料としては不十分であるし、被告ストリアー本人のこの点に関する供述はにわかに措信できず、他にこの認定を左右するに足る確証はない。

なお、原告は、当初の船積期間は昭和二九年一一月から翌三〇年二月二八日までであつたが、原告はその後信用状の有効期間を昭和三〇年二月二八日から同年五月三一日まで延長したので、これに伴い船積期間も同年五月三一日まで延長されたものであるというが、船積期間の延長につき当事者間に合意が成立したとか、信用状の期間延長に伴い当然に船積期間が延長される商慣習があるとかいう点については何らの主張も立証もないのであるから、原告の右主張は採容できない。したがつて、本件契約における船積期間は、当初約定されたとおり昭和二九年一一月から同三〇年二月二八日までであるといわなければならない。

(被告の債務不履行と契約解除について)

被告経営のシー・アイ・ラーナー・カンパニーが本件契約にもとづく債務の履行として昭和三〇年二月一二日までに合計丸鋼六〇英頓を船積したに止まり、残余の商品三四〇英頓は前記船積期間を経過するも船積されなかつたこと、その結果、原告は右カンパニーに対し、再三に亘つて右残余商品の船積を催告したが、これに応じなかつたので、同三一年六月六日到達の書面をもつて、本件売買契約中、未履行の部分につき契約を解除する旨の意思表示をしたことは当事者間に争がない。

被告は、本件売買契約は昭和三〇年二月二八日限り失効した旨主張するが、その理由のないことは前段判示のとおりである。また、被告は、残余商品の船積ができなかつたのは、当時の船腹事情によるものであつて、被告の責に帰すべからざる事由にもとづくものであるから、被告にはこれに関する債務不履行の責任はない旨主張するので、この点について判断する。

本件契約当時、仕向地であるモンバサ港向船腹がきわめて窮屈で、その獲得が非常に困難な状況にあつたことは当事者間に争なく、証人中村豊の証言によれば、当時わが国からのモンバサ港およびタンガ港向配船はバンク・ラインおよびロイヤル・インターオーシヤン・ライン(略称リオ・ライン)の両社に独占されていたことが認められ、また、証人エイ・テイ・インマンの証言、被告ストリアー本人の尋問結果とこれらの供述により真正に成立したと認められる乙第一一号証の一、二および右ストリアー本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる乙第六号証によれば、シー・アイ・ラーナー・カンパニーは、本件鋼材の船積をするためバンク・ラインのドツドウエル・アンド・カンパニー・リミテツドに対して昭和二九年一〇月一日、同年一一月から翌三〇年二月末にかけて鉄鋼四〇〇英頓のモンバサ向積出方を依頼し、また、昭和二九年一一月二七日リオ・ラインに対し同年一二月から翌三〇年一月にかけて同じくモンバサ向鉄鋼六〇英頓の船積方を依頼したが、船腹不足のため、結局、バンク・ラインから昭和二九年一二月と翌三〇年の一月および二月に合計六〇英頓の船腹の割当を受けたにすぎなかつた事実が認められ、他にこの認定を左右するに足る資料はない。

右に認定したところからすれば、シー・アイ・ラーナー・カンパニーは本件船積について一応なすべきことをなしたものといえないこともないようにみえるが、他方、

(イ)  シー・アイ・ラーナー・カンパニーは原告に対し、昭和二九年一〇月八日「モンバサ行貨物船腹手配済、積出可能時期早くて一一月、信用状至急必要。」との電信を寄せ、翌三〇年一月二〇日、「製造所は、価格を引き上げなければ二月分出荷を承諾しない。新価格は丸鋼一英頓当り四一磅九志である。平鋼、山形鋼は人手不能。承諾乞う。」との電信を寄せたことは当事者間に争なく

(ロ)  原告が船積の便宜をはかるためモンバサ港の外に仕向地としてタンガ港を追加し、その旨信用状を改定したことも当事者間に争なく、真正に成立したものと認められる甲第二一号証と証人エイ・テイ・インマンの証言によれば、当時タンガ船腹はモンバサ向船腹に比してかなりゆとりがあつたことが窺われ(当時タンガ港においては荷役の統制はなかつたと思う旨の中村証人の証言およびタンガ向もモンバサ向と同様逼迫していた旨の被告ストリアー本人の供述は採容しない)、さらに、

(ハ)  他の日本の貿易商社が原告に対し、本件と同時期に成立した契約にもとずいて、本件船積期間と大体同時期である昭和二九年一〇月から同三〇年五月までの間に、モンバサもしくはタンガに向け同種の鋼材を相当多量に船積していることが認められる。すなわち、真正に成立したものと認められる甲第一七号証の一ないし七、同第一〇号証の一ないし一一によると、訴外大野興業株式会社は二回に亘つて約一四一英頓、訴件東京貿易株式会社は一三回に亘つて約四一二・二一一英頓を船積していることが認められる。

右に認定した事実からすれば、被告の船積の不履行は被告のいうように被告の責に帰すべからざる事由によるものと認めることは困難であつて、この点に関する被告の立証は十分ならざるものという外はない。したがつて、原告のなした前記契約解除は有効である。

(原告の損害について)

本件契約は東京において締結されたものであり、特別の事情について何等の主張立証がないのであるから、行為地法たる日本法の適用をうけるものとしなければならない。以下、順次、原告主張の損害について検討する。

(一)  積出を受けなかつた鋼材の値上りによる損害について

売主の債務不履行によつて売買契約が解除された場合には、買主は原則として履行に代る損害賠償として解除時の目的物の価格と契約単価の差額の支払を請求することができるが、この原則は、本件の場合のように、代金の支払は信用状による旨の特約があり、しかも、信用状の有効期間が契約解除時にはすでに切れてしまつているような場合には、事柄の性質上当然修正を受けるべきものと考えられる。何故ならば、信用状取引においては信用状の設定およびその存続は契約の重要な要素をなすものであつて、特別の事情のない限り、買主は信用状を設定しなければ売主に対して履行を請求することができず、いつたん設定した信用状の有効期間が切れた場合にはその期間を延長する手続をとるまでは同じく履行の請求ができないものと解するのが相当だからである。ところで、本件売買契約の船積期間が昭和三〇年二月二八日までであつたこと、原告は当初右二八日までの信用状を設定したが、その後有効期間を昭和三〇年五月三一日まで延長したこと、本件売買契約の解除された日が昭和三一年六月六日であつたことはいずれも前段認定のとおりである。したがつて、被告は前認定の船積未済分三四〇英頓については昭和三〇年三月一日以後は履行遅滞の状態にあつたが、原告が被告に対して現実にその履行を請求できた時期は昭和三〇年五月三一日までであつて、その後は履行遅滞の状態が継続するだけで、原告は被告に対してその履行を請求できない関係にあつたものとしなけれげならない。したがつて又、原告主張の値上りによる損害賠償の請求については昭和三一年六月六日の解除時を基準とすることはできず、信用状の最終期限たる昭和三〇年五月三一日当時の市場価格によつてその蒙つた損害を算定すべきことになる。

右のとおりであるから、原告主張の(A)の(イ)の損害賠償の請求およびこれを前提とする(A)の(ロ)の損害賠償の請求は理由がなく、昭和三〇年五月三一日当時を基準とする(B)の(イ)の損害が検討の対象になる。よつて、この点をみるに、真正に成立したと認められる甲第一二号証によれば、昭和三〇年五月三一日およびその前後におけるナイロビ市におけるシー・アイ・エフ、モンバサ渡、一英頓当りの価格(ナイロビ市の建値によつて損害を算定することは被告においても異存のないところである)は、丸鋼四七磅ないし四九磅、平鋼四七磅一四志ないし五〇磅一〇志、山形鋼四七磅一〇志ないし五〇磅一〇志であることが認められるので、右各平均値と前記契約単価との差額は、一英頓当り、丸鋼一三磅、平鋼九磅一二志八片、山形鋼一四磅八志九片となる。したがつて、当事者間に争のない船積未済の丸鋼二二〇英頓、平鋼七〇英頓、山形鋼五〇英頓に右の差額を積算した合計額四、二五六磅四志二片は、被告の本件債務不履行によつて原告の蒙つた損害にあたるので、被告は原告に対してこれを賠償する義務がある。

(二)  予想利益の喪失による損害について

原告は、もし被告が本件売買契約を履行していれば、原告は契約価格と値上り差額の合算額の一割に相当する利益を収め得た筈であるというが、この事実を認めるに足る資料はなにもあらわれていない。のみならず、かかる損害はいわゆる特別事情による損害であるが、被告においてかかる事情を予見し、又は予見し得べかりしものであつたことについて何の主張立証もないので、(B)の(ロ)の損害賠償の請求はとうてい認容できない。

(三)  旅費等の損害について

真正に成立したものと認められる甲第一五号証と真正な旅券の写真であると認められる甲第二八号証の一によれば、被告が本件債務を履行しないためアール・エス・キマシヤが昭和三〇年二月二七日飛行機で東京に飛来し、同年四月一日まで滞在していたことが認められるが、如何なる等級の飛行機で往復し、旅費および滞在費として幾何の費用を支出したのかという点はこれを確認するに足る資料がないので、この点の請求も認容できない。

(むすび)

以上の次第であるから、原告の被告らに対する本訴請求は、被告カーテイス・アイラ・ラーナーに対し英貨四、二五六磅四志二片およびこれに対する訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和三一年一月二八日以降完済に至るまで年六分の商事法定利率による遅延損害金の支払を求める部分に限り正当であるからこれを認容し、その余はすべて失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石井良三 立岡安正 三好清一)

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